君の膵臓をたべたい

ひとと関わり、生きるということ/君の膵臓をたべたい 住野よる

少し前にネット上で話題になった作品に『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った』というWEB漫画がある。

実の母親の闘病生活やその死後についてを自伝的に綴ったエッセイ漫画で、生きているということ、死ぬということは何かを考えさせられる、そんな話だった。現在は書籍化され、本屋さんに行けば手に入れることができるので、興味のある方は是非手にとってもらいたいと思う。

今回紹介する小説を書店で初めて見かけたとき、かつてそんな漫画を読んだことを思い出したのは、恐らくはそのタイトルから同じ雰囲気を感じとったからなのだろう。

その小説のタイトルは、『君の膵臓をたべたい』という。

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この上なく秀逸なタイトル

書店で本を選び、いわゆる表紙買いをする際に貴方は何を重視するだろうか。
表紙の絵や作者名、出版社など、様々な基準があるだろうが、わたしはその中でも、作品のタイトルというものが持つ意味は非常に大きいと思う。

良いタイトルをつけることは、ある意味では作品を書くこと自体よりも難しい。
良いタイトルとは、簡潔で分かりやすく、それでいて興味を引くインパクトのあるようなものでなければならないだろう。

そしてその点で言えば、本書のタイトルは近年稀に見るほど秀逸なタイトルである。

あらかじめ念のため言っておくが、本書はそのタイトルの字面から想像するようなスプラッターなお話ではない。それどころか、むしろこれ以上なくピュアな青春物語である。

そしてこのタイトルの秀逸さは、それがただのインパクトだけでつけられたものでは決してないということでもある。

確かに初めは身構えてしまうかもしれないが、物語を最後まで読み終えた後には、本書のタイトルはこれ以外にはありえないと、そんなことを思うはずだ。

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衝撃のデビュー作

『君の膵臓をたべたい』は青春小説である。

本書は、根暗で人付き合いを避けて過ごす高校生の主人公[僕]が、病院で拾った1冊の文庫本をきっかけに、余命幾ばくもないクラスメイト、山内桜良と出会う物語。つまりは、ボーイミーツガール小説である。

桜良がその命を終えるまでのごく短い期間、二人が過ごした日常の記録である。

病弱な少女との交流と書くと、どこか暗く悲しみがただよう、重々しい物語を想像してしまうかもしれないが、本書は決してそのようなお話ではない。驚くべきことに、むしろその全体に漂うのは青春らしい甘酸っぱさや、爽やかさなのだ。

死というテーマを真摯に扱いながらも、雰囲気を重くさせすぎず読ませることが出来る、作者の筆力の高さには目を見張るものがある。作者は本書がデビュー作らしいが、俄かには信じられない安定感がある。

そのひとつの理由は、テンポよく物語が進行することだろう。

本書の魅力のうち大きな比重を占めるものに、[僕]と桜良の掛け合いがある。『狼と香辛料』におけるロレンスとホロを髣髴とさせるような軽妙な言葉の応酬は、読んでいて思わずニヤリとする場面も多い。

そしてもうひとつは、桜良が病弱少女とは正反対な天真爛漫なキャラクターとして描かれていることだ。

初めはライトノベルとして刊行される予定だったという本書は、確かにキャラクター小説としても十二分に楽しめるものである。常に明るく社交的でその感情豊かに表情を変化させる。桜良は非常に魅力的で、愛すべきキャラクターであろう。

そんな桜良の姿を、本当にそこに存在するかのように活き活きと描き出す。

そして、だからこそ、そんな少女との別れは否応無しにわたしたち読者の涙を誘うのだろう。

他人と関わり、生きるということ

本書は紛れもなく感動小説である。だがこの物語は決して、仲良くなった女の子と死に別れて哀しい、というだけの話ではない。

本書が本当に伝えたかったことは、人と関わるとはなにかということ。それはつまり、生きるとはなにか、ということでもある。

人付き合いを避けずっと一人で過ごしてきた[僕]が、桜良に振り回される中で見つけたものこそが、作者が真に伝えたかったものだろう。それは普遍的で誰もが抱えたことのある想い。だからこそ本書は、一級の青春小説なのだ。
桜良の口を借りて、また彼女が綴った”共病文庫”を通じて語られる、その想いを是非貴方自身の目で感じてみて欲しいと思う。
 
生きることとは、他人の中に影響を残すことだと、以前投稿した「女の子が死ぬ話」の記事の中にも書いた。

リチャード・ドーキンスの利己的遺伝子を引用するまでもなく、ひとは生きた証を他人の中に残そうとする。ミームと呼ばれるそれらは、他人との関わりあいの中にしか存在を許されない。

この物語は、桜良が生きた証を残し、[僕]に伝えようとしたお話だ。

わたしもきっと、誰かに伝わることを祈りながら、この記事を書いているのだろう。

余談になるが、本書の作者は、小説投稿サイト「小説家になろう」出身なのだそうだ。

なろうと言えば、チートハーレムMMO転生ものしか無いのだと勝手に考えていたのだが、そうではない現代小説でも正しく評価されるものがあるのだと知れたことも、本書を読んだ大きな収穫のひとつでもあった。

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人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg