高杉さん家のおべんとう 10 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

共に歩んだ6年間、ついに完結!/高杉さん家のおべんとう 柳原望

先日芥川賞の発表があった。ピース・又吉氏の書いた『火花』が第153回芥川賞を受賞し大きな話題となったことは記憶に新しいだろう。

そしてそれらと同様に、文芸界のみならず、漫画界にも様々な賞が存在することはご存知のことと思う。

有名寡名を問わず、そうした賞を受けた名作は枚挙に暇が無い。しかしその中でも、地理学会賞を受賞した漫画は後にも先にも恐らくこれひとつだろう。

「地理学という学問の特徴や面白さを大いに普及・啓発した」として、2014年度地理学会賞(社会貢献部門)を受賞した漫画、『高杉さん家のおべんとう』である。

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新ジャンル料理漫画

アニメ化した幸福グラフティやドラマにもなった孤独のグルメなど、このところ料理漫画が勢いを増しているように思う。

今作もジャンルをつけるならばそれらと同じ、料理漫画に当たるだろう。

作品ごとに様々なテーマを扱う料理漫画だが、今作のテーマは他作品とは一味違う。そのテーマとは、タイトルにもあるとおり”お弁当”である。

『Bento』が世界共通語になりつつある昨今、日本ではそれよりも昔からお弁当を食べることは文化として既に根付いている。学生時代には日常的にお弁当を食べていたという方も多いはずだ。

今作はそんなお弁当や、そして、そうした食事を通じて育まれる家族の絆を描いた漫画である。

今作は、地理学を専攻していたが就職が決まらず、オーバードクターとして崖っぷちの生活を送っていた三十路男・温巳が、急逝した叔母の娘・久留里(12歳)を引き取ることになってしまったところから始まる。

この物語は、戸惑い悩みながらも、毎日のお弁当作りをキッカケに、二人が徐々に交流を深めていく、といったストーリーとなっている。

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お弁当を作るということ

お弁当を作ることは、普段日常的に食べる料理を作ることと似ているようで、その実、少し違う。

その一番の要因は、作るときと食べるときが違っているということにある。

出来たての最も美味しいときに味わうことを目的としている普段の料理と、作ってから数時間後に食べることを想定しているお弁当とは、時間という視点で本質的に異なっているのだ。

冷めても美味しく食べられるように。また夏場なら、食材が痛まぬように。

美味しいお弁当を作ろうと思うのならば、それを食べる時や場所のことまで考えていなければならない。

それはつまり必然的に、相手のことを考えることでもある。

お弁当は食べている相手の姿を見ることはできない。しかしそうして離れた場所にいるからこそ、より真剣に相手のことを想い作るのだろう。

作中でも象徴的に繰り返し語られるように、お弁当を作ることとは、ほんの少し先の未来を創ることなのだ。

“家族”になっていく

以前の記事にも書き今作でも言及されているように、同じものを食べて生活するということは、ある意味で同一の存在になることであり、そしてそれが家族になるということでもある。

そうして二人は少しずつ絆を深めていく。今作はお弁当をテーマにした料理漫画であり、また、温巳と久留里の二人が少しずつ家族になっていく物語でもある。

ゆっくりと、だが着実に、温巳と久留里の二人でつくりあげた未来がどんなものかは、是非自身の目で確かめてみて欲しい。

6年の連載を経て、当初12歳だった久留里も18歳になった。

作中と現実において同じ、6年という長い月日をかけたからこそ、その結末、彼女たちの未来を素直に応援したいとそんな風に思うことができるだろう。

この物語を読み終えたとき、わたしたち読者もまた彼女たちの友人のひとり、そして家族の一員になるのだ。

余談だが、作中に登場したお弁当を実際に再現できるレシピ集も発売されている。
これをキッカケに貴方も、毎日お弁当を作る習慣をつけてみるのも良いかもしれない。

ちなみに今作の作者である柳原望は名古屋出身のようである。

今作にも、名古屋民ならば思わずニヤリとしてしまうネタや、よく見知った場所が登場してくるので、そういった意味でも名古屋人にはお勧めの一冊だ。

また本編完結記念として、カラーイラストやキャラクター設定などを収めたオフィシャルファンブックも発売された。書き下ろしの後日談も掲載されているので、本編を読み作品を気に入ったならば、是非こちらも読んでみて欲しい。

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人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg