惑星9の休日

きっとどこかにある世界 / 惑星9の休日 町田洋

これからあの星は宇宙を果てしなく飛んでゆくだろう。
ワルツ、いつか──
お前と同じ永遠の生命が、その星に降り立ったなら──

馴染みの店ではいつも新刊くらいしか確認しないのに、普段行かないような書店に行くとついすみずみまで店内を物色してしまうのは本好きの性だろうか。平積みにされているものだけでなく、棚に入っているものまで、立ち読みが許されていればそれも利用して。書店というものは時間に余裕があれば、丸一日居たって決して退屈しない空間だ。
当然それぞれの書店ごとに置いている本というものは違う。特にわたしが好むような、(あまり良い言い方では無いかもしれないが)マイナーで玄人好みの本──サブカル向けとも言う──になれば、そもそも置いているお店自体が稀だったりする。

そうして探索を続けていると、いつも決まって新しい発見がある。普段行く書店では扱っていなかったり、扱っていたとしても見落としていたものを見つけることができる。それが書店の魅力だと思う。

そうして見つけ出したのが、町田洋の惑星9の休日だ。
文化庁メディア芸術祭マンガ部門新人賞を受賞したらしいこの町田洋という作家を、わたしは今日初めて知った。そうしてこれを広く世に知らしめたいと思ったのだ。

本作はどこかにあるかもしれない架空の星、”惑星9”を舞台とした短編集だ。タイトルからはいかにもSF的なものを想像するかもしれないが、この漫画は決してそれだけではない。

惑星9は地球に似ているがどこか寂れた、砂漠と荒野が広がるようなそんな星だ。本作では、そこに生きる人々の何気ない日常が描写されている。

地軸の関係で永久に影の中にある街の、氷漬けの少女に恋をした男の話や、かつて月にいったことがある男が語る、不思議な生物との交流の話。そんなSF的な雰囲気を宿した話もあれば、大量の映画フィルムを管理する男の話や、未亡人に恋した科学者の話のような、現実世界でもありそうなものもある。
かと思えば夜に見る夢をそのまま描写したような、不思議でつかみどころのないお話まで、その内訳は多岐に渡る。

そんな各短編に共通しているのはその透明な空気感だ。

シンプルな絵柄で語られる物語たちはどこか寂しげで、叙情的である。夏の風がさっと吹き抜けたときのような、センチメンタリズムと爽やかさを感じるのだ。
この漫画には派手なアクションも無ければ、あっと驚くどんでん返しも無い。流れるように淀みなく、物語は進み、そして終わる。しかしだからこそ、静かに進行していくストーリーが、すっと胸に染み入ってくるような、そんな感覚を味わうことができるのだ。
惑星9は架空の世界でありながら、きっとこの宇宙のどこかにこの星が存在するかもしれないと、そんなことを信じさせてくれる独特の空気感が、この漫画には漂っている。

そしてきっと、それがこの漫画の最大の魅力なのだと、わたしは思う。

そしてそれを支えているのが、セリフ回しだろう。映画的、あるいは文学的でありながら、極力説明を省いたような簡素な文。その情緒的なセリフやモノローグの味わいはどこか星新一を思い出させてくれる。

もし、世にも奇妙な物語や、if もしものような作品が好きな方ならば、きっとこの漫画も気に入ってもらえるはずだ。

と、意気込んで書いてきたものの、正直この文章はここで頓挫してしまっている。
それは、この漫画の魅力の全てを、わたしの言葉ではとても言い表せそうにないことに気付いてしまったからだ。

この漫画が纏う独特の空気感は、きっと読んだ人にしか分からない。

ちなみに町田洋による二作目にあたる『夜とコンクリート』をこちらのサイトで試し読みすることができる。

これを読んで気に入ったならば、惑星9の休日も、読んでみて決して間違いは無いはずだ。

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人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg