【考察アリ】謎を読み解け。中村明日美子の『ウツボラ』

ウツボラ(1) (F×COMICS)

2010年の6月に一巻が発売されてから早二年。
この日をどれほど待ち望んだことか…

色々なジャンルで精力的に活動されている中村明日美子さんなので、定期的に作品を読んではいたのですが、二年間待った作品が読める感動はひときわ。

二巻の発売記念として有隣堂横浜駅西口コミック王国さんで原画展が開かれるという情報を聞いて、喜び勇んでいってきました。

とても楽しみにしていた分、規模の小ささに拍子抜けしてしまったものの流石は原画。迫力が違います。今まで原画というものを見る機会があまりなかったので新鮮でした。

さて、いつものように感想を書いていこうと思うのですが、今回は最後に友人と考えたこの漫画の考察があります。
“ウツボラ 考察”などで検索してきてださったかたは、一番下まで飛んでいただけると幸いです。

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本格ミステリ

紛うことないミステリ漫画です。それも非常に難解なレベルのミステリです。
なぜなら“トリックがあって、謎解きがあって、犯人の動機が明らかになって……”というような推理ものではなく、謎を多く残したまま謎解きは読者に丸投されているからです。

もちろん“後は自分で想像して補ってください”というような無責任な補完を促すのではなく、作品の作り込みから考えると、しっかりとした解答が準備されているはずなのですが、それにしても難しい……
少し気を抜くと見落としてしまうような伏線や、小分けに整理しないとこんがらがってしまう過去の時系列を並べて、更に登場人物の台詞から解答を導き出す必要があります。

もちろん、作品の雰囲気などを考えると、全てのことを事細かに説明するというのはとても野暮なことだと思いますが、置いてきぼりにされた方も多かったのではないでしょうか……。
私は概要を理解するだけで何回も読み返しましたし、今でも物語を正確に把握している自信はありません……

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作家という生き方

この漫画では、ミステリ要素とは別に、作家という生き方についてつぶさに描かれています。
物語のエピローグに

生きているから書いている
書いているから生きている
それは作家が作家だからだ
書けない作家は作家じゃない
書けない作家は死人と同じだ
だから…

という台詞があります。

つまり、作家にとって生きることとは書くことが全てであるということです。
これは一般的な人間とは大きく違う点です。

その作家という生き方を端的に表わしているのが、主人公である作家”溝呂木”の男性機能です。
幼少期の事故で、男性としての機能を完全に失ってしまった溝呂木ですが、
エピローグの最後に描写されていた“妊娠した三木桜”によって、溝呂木が自殺をする前の晩の行為では、その機能が復活していたことが示唆されています。
(その前に三木桜が関係を持った“編集者の辻”との間の子供という可能性もありますが、物語の流れ的にその可能性は低いでしょう)

作品「ウツボラ」を書き上げたことで、作家として死んだ溝呂木の、人間本来の機能が復活したと受け取ることが可能だと思うのです。

そしてその人間性の現れ(作家としての死)は、
三木桜といかにも恋人らしく浜辺で過ごすシーンや、
長年の付き合いであった”作家の矢田部”に、同じ作家としてではなく、友人として遺書を送ったことからも推測できます。

しかし、溝呂木は作家です。
書けなくなった作家に残されたのは死という選択肢しかありませんでした。
先に書いた、溝呂木の人間らしい描写は、ある意味で作家としての死後の姿だったのではないでしょうか。

考察・解説

ウツボラの考察を水上と話した内容をまとめました。
“二人で内容について話し合い、水上が上手いこと文章にまとめてくれた”という、なんとも他人任せのまとめですが、興味のある方は、ご一読いただけると幸いです。

この物語では、いくつかの謎が明らかにされないまま残っている。
もちろん、物語を読み込むことで、解けるようにはなっていると思われるが……。

ということで、ここでは、ウツボラに対する私なりの解釈を記していこうと思う。
といっても、これが絶対に正しいというわけではないので、参考程度にしていただければ幸いである。

さて、物語全体を通しての謎といえばもちろん、「誰がウツボラを書いたのか」であるが、これについて述べる前には、まずは主要人物についての考察が必要であろう。
即ち、自殺した女性は誰で、溝呂木の前に現れた女性は誰なのか、ということである。

この物語には、重要な女性の名前として、次の三つが出てくる。
藤乃朱(ふじのあき)、秋山富士子(あきやまふじこ)、三木桜(みきさくら)。
一方、実際に物語に登場する女性は二人。ビルから飛び降りた女性と、その後に溝呂木の前に現れた女性である。

さて、まずは「藤乃朱」である。
これは、パーティーで溝呂木の前に現れた女性が使っていた名前であり、
また言うまでも無く、ウツボラの著者である。
つまり「藤乃朱」とはペンネームであり、語感から秋山富士子のペンネームだと予想できる。

「秋山富士子」は溝呂木の熱狂的なファンである。
アパートの部屋に溝呂木のスクラップ記事を貼り付けるほど。
いわばストーカーとも言える彼女は、溝呂木の文体を真似たウツボラを書いて、
溝呂木の自宅に送りつけた張本人である。

「三木桜」は富士子の友人、だがこれも偽名である。
本名は分からないが、2巻154Pのカルテの文字から「浅○」だということが分かるので、
以下では便宜上、彼女のことを「浅」と呼ぶ。
彼女は横領後行方不明になったOLで、富士子の整形も彼女の紹介である。
溝呂木の自宅に送られるだけのウツボラを、勝手に雑誌社に投稿したのは桜であろう。

以上のことから、物語の時系列を追うと、以下のようになる。

始まりは富士子と浅が知り合うことである。浅は本名を隠し「三木桜」を名乗った。
恐らく、横領のかどで追われているためだろう。
富士子は「藤乃朱」というペンネームで溝呂木の自宅に熱心なファンレターや、ウツボラを送りつけていた。
それを知った浅(桜)が、無断で出版社に原稿を送る。もちろん著者名は藤乃朱である。
それを溝呂木が盗作した。
その事実を知った浅は、「藤乃朱」としてパーティーに潜り込む。

浅は溝呂木を脅迫し関係を持つことに成功する。関係はその後も数回続いたようである。
その後、浅は、富士子を浅と同じ顔に整形させる。
浅の目的とは、「自分と同じ顔になった富士子が「藤乃朱」として溝呂木と関係を持つ」ことだったであろう。

浅の目論見通り、狂信していた溝呂木との関係を持つことができた富士子だったが、それと同時に、「溝呂木は自分の作品しか愛していない」ことに気付いてしまう。
同時に、富士子が愛していたのも溝呂木自信ではなく、溝呂木の作品だったことも。

富士子は、溝呂木から永遠に愛されるために、彼の作品になることを選ぶ。
つまりビルから身を投げることで、溝呂木はきっと物語として朱を書いてくれるはずだと。

その後、浅はまたしても三木桜を名乗り溝呂木に接触する。
目的はもちろん、ウツボラを溝呂木に書かせることであろう。
それからのことは、物語に描かれている通り。

三木桜と関係を持った溝呂木が「この身体を体験したことがある」と感じたのは、そのときは朱と名乗っていた桜と以前に関係を持っていたからであろう。
また、ウツボラを書き上げた溝呂木が「ウツボラの作者とは一度しか会っていないね」と言ったのは、三木桜こと「浅」の行動理由は、全て「富士子のため」と考えると合点がいく。
それが純粋な応援だったのか、それともゆがんだ愛情だったのかは分からないが、恐らく後者であろう。
辻と関係を持った朱(=桜=浅)が処女だったことから考えるに、もしかしたら、浅は真性のレズビアンだったのかもしれない。

三つの名前と二人の女性。
この物語の複雑さはそれらが巧みに入れ替わることにある。
つまり、ウツボラとは、「二人の女性が三つの名前を使い分ける」物語なのだ。

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