タカハシマコ / それは私と少女は言った

それは私と少女は言った

その美少女は幼く美しいまま死を選んだ。敵視した少女。憧れていた少女。比べた少女。
真似をした少女。崇拝した少女。多感なこころが揺れ動く。
――奇跡のような美少女、鳥子(とりこ)が自ら死を選んでから三年。
その瞬間に居合わせ、やがて高校生になった五人の少女たちが、それぞれに巡り合う自分のなかの“鳥子”。
少女の美は何度でも甦る。

“少女を描かせたらこの人しかいない”タカハシマコさんの新刊です。

物語のベースになっているのは、
マザーグースの”Who Killed Cock Robin(誰がコマドリを殺したか?)”
有名な詩なので、ご存知の方も多いのではないでしょうか。

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映画のような群像劇

物語は、一人の少女の死から始まる。
その美貌と神秘性から、周りからも特別な人間として讃えられていたにも関わらず、ある日突然、踏切に飛び込んだ小学生”駒沢鳥子”。
高校に入って再会した、鳥子の自殺現場を目撃していた同級生五人のもとに一通のメールが届く。
そこに載っていたURLは、鳥子が亡くなった日から始まっているブログだった。
ブログの更新者は”鳥子”
“誰がこまどりを殺したの?”から始まる文章を目にした五人は、各々が当時抱えていた鳥子への印象と、鳥子への感情を思い出していく。

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少女崇拝

この漫画の特筆すべき点を挙げるとすれば、それは”少女の偶像化”に他なりません。
鳥子の死を目撃していた五人の少女ですが、それぞれが鳥子に対する強い気持ちを持っていて、それは憧れであったり嫉妬であったりするのですが、全員の持っている鳥子に対する気持ちはすべからく歪んでいます。全員がネガティブな方向に大暴走です。狂っているといっても過言ではないくらいに。
この個人に対する行き過ぎた歪んだ気持ちというのは、自分を囲う世界が狭い低年齢に多く当てはまるのではないでしょうか。(もちろん例外もありますが)
この低年齢ならではの視野の狭さや、そして加減をしらないのめり込みかたを端的に表現できるのは、少女という対象を描き続けてきたタカハシマコさんだからこそではないのでしょうか。

少女(偶像)崇拝

また、はじめのうちは回想シーンでも言葉数が少なく、その素性が全く見えなかった鳥子でしたが、物語が進むにつれて、それぞれの少女との会話から、その全貌が明らかになっていくのも特筆すべき点。
周りとはあまりに異質な美少女であり、ともすると怪物とも捉えられそうな美少女が、その内面は普遍的な女子小学生であり、他の五人の少女たちと同様に、淡い恋心や汚い感情、そして醜い嫉妬心を持っていたというのは胸にクるものがあります。
この”周りを狂わせていた謎の美少女”から”ただの美少女”に変化していく過程がスムーズで、本題である”誰がコマドリ(鳥子)を殺したか”に対する回答を非常に説得力のあるものにしています。

大人の登場

しかし、一方で残念だったのが、登場人物の一人に”狂った大人”が登場してしまったこと。
これは、女の園に男性を混ぜてしまったという意味では決してなく、先に述べた”低年齢ならではの視野の狭さ”と、”鳥子が普通の女の子であること”を否定してしまったということに尽きます。
もちろん、この大人がいなくては物語が成り立たないので、仕方のないことであるのは間違いないのですが、小学生と同じ視点・レベルで、鳥子を崇拝する大人が登場することで、
実は鳥子とは”常人には何を考えているか理解できない絶対の美少女”だったのではないかという疑問がふつふつ湧いてきます。

しかし、その点を差し引いても十分に面白い作品です。
タカハシマコさんの描く女の子が好きな方はもちろん、少しサスペンかつ一巻完結で深みがあり読み応えのある作品を探している方にもおすすめです。
また、2000年代の日本の単館シネマ系にある、退廃的で暗い雰囲気が好きな方は間違いなく好きな漫画だと思います。

※2014年7月7日に加筆・修正しました。

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