夏の前日(5)(アフタヌーンKC)

芸術家としての恋愛、吉田基已の『夏の前日』

毎年夏になると新刊が発売される”夏の前日”が、ついに完結してしまいました。
全五巻ということは五年間待ち続けたということに…
月日が流れるのは早いですね。

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美大漫画

さて、この漫画は美大生を主人公にした恋愛漫画です。
美大を題材にした漫画として一番有名なのは、やはり”ハチミツとクローバー”だと思います。
あの、キャッチーな雰囲気とキラキラした青春を目にして、美大に憧れた人たちも多いのではないでしょうか。

しかし、この”夏の前日”はそんなキラキラとした青春とは無縁の漫画です。
才能はあるものの、人付き合いが苦手で、上手いこと生きていけない主人公の哲生が、ある日、河原で絵を描いているところを、たまたま通りがかった晶さんに見初められ、付き合うところから物語が始まります。
しかし、哲生は一目惚れをした同じ大学の女の子”はなみ”に徐々に心を奪われていき…

このように、恋愛事情が主題の漫画ではあるのですが、物語を通して、将来への葛藤や、人間に対するコンプレックスなどと向き合い、徐々に成長していく哲生の成長物語という側面が強いように感じます。

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決められた結末

既にこの漫画を読まれている人のなかには、ご存知の方も多いと思いますが、本作”夏の前日”は、2006年に出版された作者の前作である”水の色 銀の月”のビフォアーという扱いになっています。
なので、そこでの人間関係を考慮すると、今作の結末というのはある程度の予想はできてしまうのです。

つまりは、はなみと付き合うというために、本作で付き合っている晶さんと別れるということです。

このような分かりきった結末が用意されたうえで読む本作。
“どのような結果になるか”ということよりも、”どのようにその結末に持っていくのか”ということを楽しみにしながら読んでいました。

晶さん…

そんなように、予め結末の決まっていた本作ですが、最終巻を読み終えた後には、晶さんが不憫すぎるあまり叫びだしたい衝動に駆られました…

哲生と別れる最後まで気丈に振る舞っていた晶さんが、一人になった途端に泣き崩れ、その後の描写は一切なし…
一方で、哲生は、以前は描けなかった晶さんの顔を画用紙に描いたあとに、何かを吹っ切った表情でキャンバスに向かう…

完全に自己完結じゃないですか…

また、哲生が”はなみのことが好きだ”と実感する場面はしっかりと描写されているのですが、そのシーンだけでは、晶さんを振ってまではなみを想い続けようとする理由がどうしても希薄な気がしてモヤモヤしてしまいました。

恋愛なんてそんなものだと言ってしまえばそれまでなのですが、この辺りをもう少し掘り下げて考えてみようと思います。

なぜ、はなみなのか?

あくまで個人の感想ですが、本作を通して”はなみの魅力”というものがいまいち伝わってきません。

“人懐っこく明るいどこにでもいる女子大生”という表現がしっくりくるようなキャラクターです。作中でも芸術に関して特別な才能を持っているというような表現は出てきません。
哲生が付き合っている”晶さん”の方が、女性として、そして恋人として魅力的に描かれている印象を受けます。

しかし、友人の彼女である”はなみ”を想い続けるために、よく出来た年上の彼女である”晶さん”を振るという不条理さを発揮する主人公の”哲夫”。

なぜなのか…?
年齢不詳な年上よりもピチピチとした年下の女子大生の方が好みだったのか…?

作中では”他に好きな人が出来た”というありきたりとも取れる理由で別れを告げた哲生でしたが、その根幹には哲生の芸術家としての価値基準が多分に含まれていたように感じます。

そのことが端的に現れているのは、
“描くけなかった人物の顔を描けるようになったきっかけがはなみであった”
という事実です。
ミューズとでも言うのでしょうか。
私は芸術家についてはよく分かりませんが、これはとても大きなことなのでしょう。
つまり、芸術家として大きな成長をもたらすきっかけになったのは”はなみ”だったことになります。

それと対比して、冒頭でも書きましたが、哲生が”人間的に成長する姿”というものが、本作を通して満遍なく描かれています。
これは芸術面とは別に、人との付き合い方や将来に対する考え方が、物語が進むにつれて変化していったという意味で、晶さんと付き合ったことによる成長です。

そして、この人格面での成長と芸術面での成長を秤にかけたときに、哲生が選んだのは”芸術面での成長”だったのではないかと、私は思うのです。
つまり、人間的に成長させてくれた献身的な女性(晶さん)よりも、自分を芸術家として成長させてくれた女性(はなみ)を選んだという結論になるのかなと。

最後に

正直なところ、この終わり方は賛否両論あるのではないかな…というのが率直な感想です。
女性目線でみると何とも理不尽な印象を受けますしね…
しかし、作中で、”晶さんは哲生の芸術家としての成長(成功)を常に願っていた”ということを考えると、この結末はハッピーエンドだという結論になるのではないでしょうか。
そんな、美大生ならでは葛藤と恋愛を描いた”夏の前日”。
ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか。

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関東でデザイナーをしています。 サイト制作・装丁等のご依頼等ございましたらお気軽にご連絡ください。   Site:akanesus.com   Twitter:TakemitsuaN