恋に恋する箱入り娘/私の無知なわたしの未知 百乃モト

私の無知なわたしの未知(1) (KCx)

きたる6月5日、講談社から新しいコミックスレーベルが誕生した。
女性漫画誌『Kiss』の姉妹誌となる、ハツキスコミックスである。

そのハツキスコミックスから発売された百合漫画が、『私の無知なわたしの未知』(以下、無知未知)である。

百合姫などでも御馴染みの百合作家、百乃モトによるこの作品は、掲載誌が大人の女性向け雑誌であるためか、そのジャンルは社会人百合となっている。

だがその物語構造は実際のところ、学園ものと変わらない。

平凡ながら、ちょっぴり息苦しい日常をすごしていた湊。そんな湊の日常を破壊したのは、先輩の女子社員・浅海だった。彼女は晴人の突然のプロポーズに戸惑う湊の心を解放する。そして、予想外の関係をせまるが……!?(公式サイトあらすじより)

主人公である奏は、ありていに言ってしまえば世間知らずな箱入り娘である。幼馴染の春人や母親の庇護の下育ち、牛丼屋やカラオケにも行ったことが無いほど。
そんな彼女が、ミステリアスな先輩社員、浅海に惹かれていくのは、物語的にも必然だろう。

これまで何も知らなかった少女(奏はもう少女という年齢ではないのだが)が、新しい体験を与えてくれるひとに惹かれていくというのは、恋愛漫画においていかにもありがちな構図である。
例えば、右も左も分からない新入生が、優しく頼りがいのある部活の先輩に恋をする、と書いてしまえば、学園ものには掃いて捨てるほどある設定そのものだろう。

1巻における奏は、初めて知った外の世界の、あまりの眩しさに目がくらんでしまっている状態である。だからこそ浅海によって簡単に流され、揺さぶられ、振り回される。

現状ではそれは明らかに依存以外の何者でもない。
刷り込みによって初めて見たものを親だと信じ込み、盲目的にその後をついて回る鳥の雛と変わりない。

この物語の新規性は、それが女性同士の恋愛であること、そして登場人物たちが社会人なことだ。

もちろん物語はまだ連載が続いている。
それらの新規性を上手く活かす形で、奏の成長を描けるかどうかが、この物語のひとつの課題だろう。

こういったジャンルの漫画を語る上で『オクターブ』の話題は避けては通れないだろう。
オクターヴは秋山はるによって2008年から2011年まで連載された、百合漫画史に残る名作漫画である。

夢に破れた少女が新しい夢と出会うことで少しずつ成長していく物語である。
リアルな生活感や、当時としてはほぼタブー扱いされていた現実に即した同性愛に真っ向から挑んだけでなく、そんな日々に葛藤する姿、恋愛を通じた自己形成についてまでの、ありのままを描写したことでも高い評価を受けた。

無知未知も、社会人百合であることや、酒の勢いに任せて関係を結んでしまうこと、初めての経験に依存していく主人公の姿など『オクターヴ』と重なる点も多い。

オクターヴが評価されたのはひとえに、その文学性にあった。
単なる恋愛物語,百合漫画としてだけでなく、他人への依存や恋愛と承認欲求の関係、ままならない仕事と夢との擦れ違い。そんな生きるうえで避けることの出来ない様々な葛藤を、細やかな心理描写によって一人の人間の成長として描いたことがオクターヴが名作たる所以だろう。

そのような対比で言えば、無知未知は惜しいと言わざるを得ない。
心理描写の少なさも相まって、奏が浅海に惹かれていく様が少々唐突で、浅い、と感じてしまうのだ。

無知未知は第1話、1ページ目のモノローグからも明らかなように、敷かれたレールの上を歩くだけだった少女が、そこから一歩足を踏み出す物語だ。
1巻では、まだ彼女はただ道を踏み外しただけに過ぎない。

願わくばこの物語が単に許されざる恋(同性愛)を描くことだけに終始することなく、奏の成長物語として描かれることを期待したい。
奏が自立した一人の人間として成長していく姿や、それに伴う内面の葛藤や苦悩までを深く切り込んで描いていくことができれば、この物語もきっと名作となれるだろう。

2巻が出るのは、順調にいっても1年後。今後の彼女たちがどうなっていくのか。今から発売が待ち遠しい。

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人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg