ミミクリ

あなたを取り込み、同化する。/ ミミクリ ai7n

「 もう辛い思いはしなくていいんだよ」
「わかってる。
でもね、ちょっとだけ……寂しいかなって」

日本人ならば誰もが知っている「いただきます」という挨拶だが、単なるマナーや習慣として口にしているだけで、その意味を本質理解しているひとは実際のところあまり多くないと思う。
「いただきます」とは元々は仏教の教えで、動植物の命をわたしに頂きます。という言葉なのだという。普段はあまり意識することがないが、考えてみるとわたしたちが食べるものは(一部の例外を除いて)その全てが他の生物の命なのだ。

他者の命を奪い、自らの糧とする行為。
某旅館アニメで一躍有名になった半孵り卵・ホビロンや、サルの脳みそを啜って食べるようなゲテモノ料理を挙げてみるまでもなく、本来食事をするということはとても残酷な行為なのだ。そしてだからこそ、それは神聖なものでもある。

ミミクリを読み始めたときにわたしが考えたのはそんなことだった。
ミミクリはai7n(アイン)による連作短編漫画である。

ジャンルで言ってしまえばエログロになるのだろう。
この漫画は、食べ物を擬人化した少女達が、次々に人間に食べられるといった内容である。

以前ここでもとりあげた『文房具ワルツ』と、ギミック的には似たようなものだろうか。もちろんそのベクトルは全くの真逆だが。

上半身だけを出した形で一列に地面に埋められた少女達が巨大な刃で首を刈り取られていく話であったり(トウモロコシのことである)、フォアグラよろしく無理矢理に食べ物をお腹に詰め込まれた少女達が煮えたぎる大鍋に飛び込まされる話であったり(餅巾着のことである)。
そんな普段私たちが口にするようなものたちを、擬人化して描いたのがこの漫画である。
どこか初期の楳図かずおを彷彿とさせるような、どこまでも残酷で、一切の救い無い描写は、ある意味で清々しい。

だがもちろん、それだけで終わる作品ならば、わたしがこうして題材に選ぶことは無かったであろう。
今作は単なるエログロ描写を連ねただけの漫画ではない。

少女達が人間に食べられる意味がなんだったのか。終盤に向けて一気に加速していく、伏線を消化しきったクライマックスの演出は圧巻である。

食事をするとは一体なんなのか。
ものを食べ、そして逆に食べられるということ。そんな食物連鎖を見せ付けられるようなえげつなさがこの漫画にはある。

ちなみに、かのフロイトによれば、幼児における最初期の性的快楽は唇から始まるのだそうだ。
食べ物に限らず、幼児はあらゆるものを口に入れたがる。そうして唇を通して外界を認識し、世界と繋がろうとするのだ。

食べることと愛することはどこか似ている。
それは他者を取り込み、自らの一部と同化させようとする行為だ。
今作における少女達がやたらエロティックに描かれているのも、そういった意図があるからなのかもしれない。

余談だが、ミミクリーとは生物学の用語で標識的擬態のことである。ハチに似た縞模様を持つハエであったり、蛇の目のような模様を羽にもつ蝶であったり。そんな風に危険な生物に自分を似せることで身を守ろうとすることをミミクリーと呼ぶのだそうだ。
本作では身を守るためではなく、食べられるために食物に擬態するという逆のミミクリーが描かれているというのもまた面白いと、わたしは思う。

スポンサーリンク

人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg