ひとを愛する、ということ/恋風 新装版 吉田基已 

新装版 恋風(1) (KCデラックス イブニング )

おふくろに会いに行った意味も、家族四人で食事した日のことも、
全部嘘になってしまった。

だけど唯ひとつ、嘘じゃないことがあって──

私事で恐縮だが、先日、中学からの知り合いの一人が結婚したらしい。
しかもそれを初めて知ったのはフェイスブック上でのことだったというから、重ねて何とも言えない気持ちになった。

こんなことを言っては失礼かもしれないが、学生時代の彼はお世辞にもモテるようなわけでもなく、自分の趣味にひたすら没頭するタイプ(要するにオタク)だったので、その驚きは筆舌に尽くしがたい。

そして冷静に考えるとわたしの年齢的に、結婚していて、しかも子供がいてもまるでおかしくない時期なのだということに思い至り、二重の意味で驚いた。もちろんわたしはまだ独身である。

結婚とはもちろん、夫婦になることである。
結婚とは、ある二人の人間が、共に生きることを選び、そしてそれを社会的に承認された状態のことである(同姓婚については今回は触れないことにする)。

愛し合う二人が一緒に居るだけならば、何も結婚という方法をとる必要は必ずしも無いとわたしは思う。
ただ共に暮らし、共同生活を送れればそれで事足りてしまうことも多いだろう。
わたしの大好きな漫画、『イエスタデイをうたって』にも、「結婚は合理的なシステムだ」というセリフが出てくる。そんな風に、好きだから結婚するのではなく、利害関係の一致の結果で結婚をするのだという考え方もある。
そして実際に、現代では結婚という形を取らないひとたちも増えているらしい。

それらを越えてでも、元々は赤の他人だったひとと”家族”になろうとするというのは、そこに一体どんな意味がこめられているのだろう。わたしはまだそれを体験したことはないが、想像するにそれは、”社会に認められる”ということが重要なのだと思う。

『死が二人を別つまで』だとか、『貴方さえいれば他には何もいらない』だとか、そんな言葉がフィクションにはよく出てくるが、現実の結婚は決してそれだけでは無い。

リアルとは文字通り、どうしようもないほどに現実的なのだ。
ロマンチックだけでは、お腹は膨れないのだから。

吉田基已の恋風の新装版がこのたび発売された。
恋風は2001年から2004年までイブニングで連載され、アニメ化もされた作品であるが、わたしは寡聞にして新装版が出るまで読んだことがなかった。

吉田基已といえば、先日完結した夏の前日が有名であろうが、今作も同様に恋愛を扱った作品となっている。だが同じ恋愛ということをテーマにしていても、その内容は大きく異なっている。

恋風は、実の兄妹同士の恋愛をテーマにしている。そしてそれを極めて現実的に、一切の誤魔化し無く真正面から描写した作品である。
義理の兄妹の恋愛を扱った作品は多いが、これが実の兄妹となるとその数は極端に少なくなる。それは恐らく、タブーに触れてしまうからなのだろう。
現実に近親者同士で恋愛をしているひとももちろんいるだろうが、それらは決して表立って世間に公表されることは無い。

今作の中には主人公たちが罪悪感や葛藤を抱く姿が描かれていた。それは一般的な恋愛の中にあれば、本来ならばする必要のなかったものだ。
それでも彼らは道ならぬ恋を選ぶ。たとえそれが禁じられたものだとしても、相手と共にいたいと思い、そのために悩み、苦しむ。

彼らの恋愛は決して一本道ではない。ときには相手のことや、世間を慮り、自分の気持ちをあきらめようとする。またときには、貴方さえいればそれでいいと願い、他の全てを切り捨てようとする。

その最後に彼らが選んだ選択がどんなものだったかは、是非貴方自身の目で確かめて欲しい。、

それは客観的にみれば、確実に間違っていて、お世辞にも正解と呼べるようなものでは無い。
だがそれは当人たちの中では他の何にも変えられない正解となる。誰に受け入れられなくても、本人たちにとってはそれは決して間違いではない。その選択が限りなくハッピーエンドだと感じられるのはきっと、そこに行き着くまでの過程を丁寧に描写してきたからなのだろう。

ただ唯一の真実を求め、もがき苦しむ。そんな純粋な愛の形を真摯に描ききった本作は、ひとを愛することとは何なのかを考えさせる、決して涙無しでは読めない名作だ。

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人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg