知らないから、知ろうとしてみる/Know 野崎まど

know (ハヤカワ文庫JA)

  

人間の三大欲求といえば、言うまでもなく食欲・性欲・睡眠欲であるが、その三つが満たされていればひとは満足できるのかと言えば、もちろんそんなことはありえない。
これらは最低限の、いわば動物的な本能が求めるものであって、知性を有したものとして存在する我々は、より高度な欲求を充たそうとせざるを得ない。知恵の林檎を口にした瞬間から、人間には様々な欲求が芽生えてしまった。

そのうちの一つとして上げられるのが、知識欲である。ひとはその本性として、何かを知りたいと願い、そのために様々な努力をする。
今わたしがこの文章を打ち込み、そして貴方が見ているインターネットというものは、その最たるものではないか。ひとびとは未知を求め、情報の海へと漕ぎ出す。
かつて中学生の頃。初めてインターネットに触れたときの衝撃は今でも忘れられない。そうしてネットを巡回するうちに2chを知ったときなど、一切の比喩無く、世界が広がったと感じたものだ(流石にWelcome to Undergroundなどと呟いたりはしなかったが)。

だがそれでも、どれだけ情報を集めようとも、この世には知りえないことが余りにも多すぎる。そして知ることができないものに関しては、想像してみるより他にない。
例えばそれは、「あの人は今何を想っているのだろうか」だったり、「未来はどうなるのだろうか」だったり。あるいは「死後の世界はあるのだろうか」であったりする。そして、知りえないものだからこそ、ひとはそれを知りたいと願い、想像するのだろう。

野崎まどの『Know』はそんな知識欲をテーマにした作品である。
舞台は近未来の日本。今作はひとの脳に小型のコンピュータ(のようなもの)を埋め込むことで、高度な情報処理能力を得た人たちの物語だ。
一般人が装着するものとは異なる最新鋭の装置を埋め込まれたことによって、人類最高の叡智を得た少女、知ル。今作は知ルが全てを知ろうとする、そんな物語だ。

知ルは余りに高度すぎる智慧によって、未来や、人の思考まで自在に読み取ることが出来る。そんな彼女は全知であることを願い、そのために行動するのだ。
この世の全てを知り尽くし、全知を目指した知ルが、最期に到達する知識の最終地点とはなんなのか、その答えは貴方自身の目で確かめてみて欲しい。

そういえばこの文章を書きながら、知り合いの哲学者が言っていた言葉を不意に思い出した。
彼に曰く「他人の痛みを知ることは出来ない」のだそうだ。
仮に脳に電極をさして、他人の痛みをそのまま感覚することができたとしても、それは自分の痛みに他ならないのだという。
“他人の”痛みを、“他人の”痛みのままで、“自分の”痛みとして感じているだけなのだ、と。

今作のヒロイン、知ルが得た知識は、果たして自分自身のものなのだろうか。それとも、他の誰かの(あるいはそれは世界全体の意思とでもよぶような)ものなのか。
それがどちらなのかは、きっと知ルにしか知りえないものなのだと思う。

これは蛇足だが、本作のタイトル『Know』には、秘められた意味があるのかもしれない。
Know(=知る)と脳を掛けたダブルミーニング。この手の言葉遊びは、いかにもこの作者がやりそうなことだと、そんな気がしている。
だがその真実をわたしが知ることは、恐らく無いのだろう。だからこそ、きっとそれは、想像するしかないものなのだ。

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人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg