バリ3探偵 圏内ちゃん (新潮文庫)

現代のコールドリーディング / バリ3探偵 圏内ちゃん 七尾与史

圏内ちゃん:15秒前
朔ちゃんは気にしなくていいの。カレーの準備お願いね♪

この世界には情報が溢れている。

現代社会は高度情報化社会だとよく言われる。
情報化社会とは、”情報”が諸資源と同様に価値を持つようになった社会のことだ。
わたしたちは例えば、お金を払い食べ物を買うことと同様にして、対価を払い情報を得ようとする。それはつまり、情報には価値があるということである。

新聞や書籍、テレビやラジオなど、わたしたちはあらゆるところで情報を目にしている。
わたしたちは日々様々な情報に触れながら、それらを取捨選択し生活をしているのだ。
情報化社会の定義によれば、より多くの情報に触れられることは、より豊かであることと同義である。

さらに、インターネットの発達に伴い、個人が情報を発信することが容易になってからは、その傾向はますます顕著になっていると言えるだろう。こうしてインターネットの世界に踏み出せば、ある程度のスキルがあれば大抵のことは知れてしまう。
だがそうして情報的に豊かな社会が発展する一方で、それらは様々な弊害をも生み出すようになってきた。

バカッターと呼ばれるような、インターネット上の炎上・フレーミング騒動がその代表である。
犯罪行為の告白などの不適切な発言や、思想的に偏った発言を見つけ出し、晒しあげ、叩く。そんな文化が、2ちゃんねる既婚女子板(鬼女板と略される)を中心にして成立している。

我々現代人にとっては、受け取る情報を取捨選択するだけでなく、発信する情報を判断する能力もまた必須のスキルなのだろう。

七尾与史の『バリ3探偵 圏内ちゃん』はそんなネット炎上や、鬼女板をテーマにした推理小説である。

七尾与史の作品と言えば個性的な探偵が登場することでも有名だが、今作もまた例に漏れず相当に個性的なキャラクタが事件を解決する。

今作の探偵役は、忌女板(言うまでも無く鬼女板のパロディである)に君臨するカリスマ的存在コテハン、「圏内ちゃん」。圏内ちゃんは、卓越した情報収集能力と推理力をもってあらゆる炎上事件で活躍する安楽椅子探偵である。
しかしリアルの彼女は、目の前の人間との会話にもスマホのチャットを使うほどの人見知りのひきこもり。電波の無いところでは決して生きていけない、重度のスマホ依存症である。

今作はそんな圏内ちゃんが、とある炎上事件をきっかけに、連続猟奇殺人事件に巻き込まれていく……といったストーリーである。

こうして書くと、ライトノベルにありがちなキャラクタ性を前面に押し出したエセ推理小説を思い浮かべてしまうかもしれないが、今作は決してそんなことは無い。
これまでも多数の推理小説を執筆してきた七尾らしく、今作もまた期待通りの本格ミステリである。

今作はリアルの事件捜査をする警察側視点と、ネットで事件の捜査をする圏内ちゃん側の視点を交互に繰り返しながら進行する。
はじめは無関係な二つの視点に戸惑うかもしれない。だが、その二つが交わる中盤地点まで読み進めるころには、一気に加速していく物語に引き込まれていることは間違いないだろう。

リアルとネット、二つの世界に巧みに張り巡らされた伏線や、それを見つけ出す圏内ちゃんの洞察力。全てが繋がったときのカタルシスは間違いなく本格ミステリのそれである。

今作の面白い点は、この物語が明らかに現実のインターネットをモチーフに描かれているということである。
現実に起こった炎上事件において、暗躍した鬼女たちの中には、まるで今作の圏内ちゃんのようにして真実を暴き出したものも多い。
写真に写っている窓の風景から住所を特定したり、些細な発言から対象の職業や年齢、交友関係を割り出したり、といった風に。

常人なら見逃してしまうような些細なヒントから推理を組み立てる、圏内ちゃんのような存在が、現にこのリアル世界にも存在しているのだと思えば、この物語に対する楽しみ方もまた変わってくることだろう。

そして今作はまさに、そういった方にこそ読んで欲しい作品である。

今作は次世代のコールドリーディングによって事件を解決する物語である。
ネットに日常的に触れ、またSNSを通じて自ら情報発信をしているひとはきっと、思わずドキッとさせられる場面もあるのではないかと思う。

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人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg