一握りの美しさ / いたいのいたいの、とんでゆけ 三秋縋

いたいのいたいの、とんでゆけ (メディアワークス文庫)

”<意味>や<心地良さ>はいつか人を置き去りにする。<美しさ>は寄り添ってくれはしないが、代わりにずっと同じ場所にいてくれる。
始めは理解できなくても、私がそこに辿り着くまでじっと待っていてくれる。”

インターネットが一般的なものになり、ひとつのメディアとして認知されるようになってから随分久しいが、ネットが大きな力を持つようになるにつれて、新しいタイプの作家たちが生まれてきているように思う。

それはウェブ上に作品を投稿し、その才能を見出されることで広く世に知られるようになった作家たちのことである。

有名なところでいえば、『まおゆう』や『ログホライズン』の橙乃ままれが真っ先に思いつくところであろう。元々は2chに投稿したSSが話題となり、今ではアニメや漫画の世界でも幅広く活躍するようになった人物である。

他にもニコニコ動画を中心として、フリーゲームの作者が自ら作品のノベライズを担当したり、作曲家が自分の曲の世界観を補完する物語を紡いだりしている。

そんなウェブ発信の作家として、現在最も注目を集めている人物のひとりが三秋縋である。

三秋縋も橙乃ままれと同じく2chに作品を投稿し、それをまとめた自サイトを運営していた人物である。その作品たちが徐々に人気を集めていき、やがて書籍デビューするようになった、という経緯をもつ。

その三秋縋の三作目にあたる『いたいのいたいの、とんでゆけ』がこのたび発売された。

前作までの二作品は、自サイトに公開していた作品を基にした、言ってしまえばリメイクであったが、今作は完全書き下ろしによる新作となっている。それ故に、今作はある意味では作家としての力量を試される作品となっているのだが、今作もまた前作までに負けず劣らず、その地力の高さを見えつけるかのような出来栄えであった。

今作は、自分が殺してしまったはずの少女が、死の瞬間を”先送り”することによって得た十日間の猶予期間に、彼女の人生を台無しにした連中への復讐を手伝わされるようになる、といった物語である。

前作までと同じく、少し不思議な設定を、実に現実的に上手く処理している。
 

三秋作品にはいくつかの共通した特徴がある。
そのひとつが、特徴的な登場人物たちである。

前作までを含め、三秋作品の登場人物たちはそのほとんどが孤独を感じているのだ。
根暗でコミュニケーション能力に難があったり、あるいはどうにもならない現実を抱えている。その結果、彼らは他人と上手く関わることができず、孤独な人生を送っている。

そしてその孤独感を印象づけるかのように、アルコールや煙草、音楽、そして読書がたびたび登場してくるのも大きな特徴だ(もちろんそれは作者の趣味もあるだろうが)。
これらはフィクション作品において堕落や逃避の象徴として使われることが多いものだ。だがその一方で、それは孤独な人間に一定の救いを与えるものとしての側面も併せ持つ。

今作もまた前作までと同じく、それらの特徴は変わっていない。

今作の主人公は一人ぼっちになってしまった青年だ。彼は唯一友人と呼べるようなひとを自殺によって失い、ほとんど引きこもりのような生活を送っている。かつて心を通わせていた文通相手に裏切られ、さらに事故によって殺人犯になってしまうところから物語は始まる。人生を悲観してしまうには十分すぎるほどの状況だ。

こうしたどん底から始まる物語というと、否が応にもその結末にはハッピーエンドを期待してしまうだろう。そしてもちろん(前作までがそうだったように)今作もまたハッピーエンドである。

だが、それは一般的な意味で使われるような”幸せな結末”とは随分趣が異なっている。

今作は最悪な人生が、よりよいものへと好転するようなお話では決してない。主人公たちは、どうしようもない現実をどうしようもないものとして、そのままで世界を受け入れることが出来るようになるだけである。

それは周りの人たちから見れば理解に苦しむような、間違った選択かもしれない。他人からみればそれは間違いなく不幸以外の何者でもない。
けれど当人たちにとっては、これ以上無い救済となるような、そんな結末なのだ。

暗闇の中にあってこそ、一筋の光がより際立つように、絶望の淵にあるからこそ気付くことができるものがこの世にはある。

この世界は綺麗ごとだけでは済まされない。辛いことも苦しいことも数え切れないほどに溢れている。そんな現実をありのままに、真摯に表現すること。それはある意味ではこの世界に対する諦めにも似ている。

しかし、そうした現実と向き合ったからこそ気付くことができる美しさもまた、この世界にはあるのだろう。
今作は、最悪な人生の中からささやかな希望を見つけ出したひとたちの物語だ。だからこそ、それは間違いなくハッピーエンドなのだ。

わたしたちが住むこの世界は決して綺麗なもので溢れているわけではない。しかしだからこそ、その中に残されたほんの一握りの優しさが、この世界を美しいものに変えてくれるのだ。

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About Author

人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg