有限の楽園のなかで / 白銀ギムナジウム ひるのつき子 

白銀ギムナジウム 上 (IDコミックス 百合姫コミックス)

あの頃は諦めの中にも光があって、
あちこちに散在する確証のない希望をかき集めていた。

想いが報われないと知っていながら、
「いつか」を待ちわびていた。

百合というものがひとつのジャンルとして広く認知されるようになってから随分久しいが、百合の世界が広がるにつれ、その作風も大きく二分化が進んできているように感じる。

一方は、少女(あるいは女性)の複雑な内面性にテーマを置き、リアルな思慕や葛藤の感情を表現したリアル寄りの百合作品。これは吉屋信子の『花物語』や今野緒雪の『マリア様がみてる』など、少女小説から連なる系譜であろう。

他方は、細かいことにはあえて目を瞑り少女同士の交流をストレートに楽しむ、ある意味でファンタジー寄りな百合作品である。こちらはいわゆる”萌え”に近い空気をもっているのが特徴だ。近年大ヒットとなった『ゆるゆり』などが有名であり、百合作品を広く世に知らしめた立役者でもある。

無類の百合好きと公言しているわたしが特に好むのはその前者、リアル寄りの百合作品である。もちろん後者の作品群も好きなのだが、タカハシマコの『乙女ケーキ』や志村貴子の『青い花』から百合に触れた人間にとって、少女性や内面性の描写をより重視するようになってしまったのは必然だったと言える。

リアルな百合作品には自ずと儚さや切なさが付きまとう。それは、容易には叶うことのない恋だという前提や、いつか離れ離れになるかもしれないという予感。そして世間や他人の目から隠れ偲ぶ、いわば秘密の恋という図式をとることが多いからだろう。
わたしが百合作品を好むのも、そういった点が顕著だからである。

ひるのつき子の白銀ギムナジウムは、そんな儚さや残酷さを美しく描いた百合作品である。
元々は同人誌として著者が趣味で発行していたものを、このたび単行本に纏めたものらしい。

今作はギムナジウムというタイトルがついてはいるが、”寄宿舎”と呼ばれる孤児院のような施設が舞台となっている。少女たちは一時だけそこに集い、そして出て行く。新しい親を見つけて、または成長し大人になって。

今作の一貫したテーマのひとつに、時間の流れというものがある。そこがどれだけ居心地が良い場所であっても、ひとはいつまでもそこに留まっていることはできない。大人になんてなりたくないと、そんなことを思いながら、ひとは成長していく。やがて気持ちも変われば、環境も変わっていく。

永遠を維持したいと思うことは、即ち停滞に他ならない。楽園を失いたくないのならば、より良い場所を目指して、未来へと進んでいかなければならないのだろう。

彼女たちはそんな時の流れに抗おうとし、あるいは諦め、少しずつ変わっていく。そうした過程こそがきっと大人になるということなのだろう。

残酷な時の流れに翻弄される少女たちの儚い心を描いたのが今作なのである。

古く寂れた寄宿舎や、街の風景は長閑でありながらどこかうら寂しさを秘めている。著者の絵柄もそこに輪を掛けて、ノスタルジックな雰囲気を演出している。
時折差し挟まれる登場人物たちのモノローグは文学的で、少女たちの複雑な心境を上手く表しているように思う。

そういった特徴があるからだろうか。ラストエピソードでの老教師のセリフは思わず涙を誘う。切なさを凝縮したような数ページは、是非ともあなた自身の目で体験してみて欲しい。

願わくば上下巻ではなく、他の登場人物たちにも焦点をあて、また寄宿舎を去った少女達のエピソードを詳細に描写するようにして、もう少し長く連載して欲しかったと思うのはわたしの我がままだろうか。
そうであれば、老教師のセリフにより深みが加わる感動のシーンになっただろうと、そんな風に思わされるほどだ。

少女性や文学性、それを支える画力や演出力。そんな(わたしにとっての)良い百合漫画を構成する要素を全て併せ持つ今作は、間違いなく百合漫画の名作であろう。

かつて乙女ケーキの後書きでタカハシマコが言っており、わたしにとっては百合作品の良し悪しを測る試金石ともなっている言葉がある。

「この感情は百合だ!」

白銀ギムナジウムには、これこそが百合だと思えるような、そんな感情が散りばめられている。
それは儚さであり、切なさであり、残酷さでもある。そんな偽りの永遠に彩られた、眩いほどの美しさが今作には溢れている。

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人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg