フラグタイム(1) (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)

同じ時を生きる / フラグタイム さと

ああ……、言っちゃった。
もうこれで2人だけの時間をあそんだり出来ない。

それでも私は、
村上さんの心の内を、聞きたい。

子供の頃60億人だった世界人口はいつのまにやら増え続け、気が付くと70億を軽く突破していた。あなたが今これを読んでいるこの瞬間にも、秒刻みでそれは増え続けている。
わたしが住む名古屋だけでも200万人以上。こうして書き出してみても、余りにも多すぎてまるで実感など沸きそうに無い。

それだけ多くの人たちが、この地球上で同じ時間を過ごしているのだと思うと、その途方の無さに目眩がしてきそうだ。

だがその中でわたしと顔を合わせるひとはどれくらい居るだろうか。言葉を交わすようなひとは一体どれくらい居るのだろうか。きっとそれは思っている以上に少ない。
さらにその中でも、気の置けない関係だと言えるほどに親しくなれるひとはどれだけだろうか。

思い浮かべてほしい。あなたには親友と呼べるようなひと、あるいは心を通じ合わせることができるようなひとが何人いるだろうか。恐らくだが、それは両手で足りてしまうほどなのではないかと思う。

それほどまでに他人と親しくなるというのは実に困難なことなのだと、この歳になるとしみじみと思わされる。

ちなみにわたしが親友と呼べそうなひとは、パッと思いつく限りでは3人だった。

さとのフラグタイムは、対人恐怖症気味な少女・美鈴と、才色兼備な優等生でクラスの人気者である遥との心の交流を描いた百合漫画だ。
美鈴は1日3分間だけ時間を停められるという力を持っており、何故か停まった時の中を唯一動ける遥と秘密を共有するようになる、といったストーリーである。

時間停止ものといえば漫画においては使い古されたギミックだろう。だが本作はその能力を主人公の対人恐怖症と絡めることで、上手く物語として処理している。

美鈴は他人から話しかけられたり、注目を集めるような場面に陥るとすぐに時間を停めて逃げ出してしまう。自分の世界に閉じこもり、他人を拒絶するために能力を使うのだ。
ところが遥と出会い彼女に惹かれていくにつれて、遥のために能力を使うようになっていく。そうした変化はまさしく、世界と関わろうとし始めた、コミュ障少女の小さな一歩である。

人付き合いというのは難しくて、また煩わしい。きっと誰もがそんなことを考えたことがあるはずだ。それが人付き合いに不慣れな美鈴であれば尚更だろう。

主人公である美鈴が内気な少女なせいだろうか。今作にはモノローグが多用されている。そのおかげか、読者は否応なく美鈴に感情移入してしまう。

遥は完璧な優等生でありながら、何処かミステリアスで破天荒な一面も持っている。そんな遥の一挙手一投足に、その都度揺れ動かされる美鈴の心情こそが、この漫画の最大の見所だろう。
通じ合ったかと思えばまた不安を感じてみたり、そんな風にグラグラと揺れる美鈴の心に合わせて、読者もまた心を揺さぶられるのだ。

不慣れであるがゆえに些細なことで喜び、戸惑い、嫉妬し、哀しむ。それでも、そんなことを思ってしまうこと自体が、もう既に誰かに心を開きはじめている証でもある。

ラストシーンはある意味で予想通りの、この上ないハッピーエンドだ。しかしそれが期待通りだと感じられるのは、そこに至るまでの、心に突き刺さるような過程を丁寧に描いているからだろう。

きっと美鈴は、もう二度と時を停めたいとは思わないはずだ。そんな希望を抱かせてくれるラストシーンは必見だ。
様々な問題を越え、少しだけ成長した彼女たちの笑顔に、その全てが集約されている。

百合漫画としてだけでなく、青春作品としての側面も併せ持つ本作は、少女たちのちいさな成長を真摯に描いた力作だ。

ところで余談だが、今作のタイトルであるフラグタイムだが、英語では『frag time』と表記されている。
これは死亡フラグの”フラグ”ではなくて、フラグメント(Fragment)の略で、“破片”、“欠片”の意味だということに注目したい。

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人が物語を読むのは、人生が一度しかないことへの反逆だ。 そんな言葉を言い訳にして、積み本が増えていく毎日。 Twitter:pooohlzwg